2010年05月25日

普天間基地返還と辺野古

防衛省の遠望は沖縄本島の浮沈空母化か?

順不同で書きます。一緒に考えてくだされば有り難いです。

①思い出してください。
自民党政権時代の昨年(2009年)、衆議院議員直前、防衛施設庁は防衛省に昇格しました。内閣の一員となりました。国土交通省や厚生労働省と同格です。言いたいことは、防衛施設庁から防衛省に昇格した時点で自衛隊は呼称こそ自衛隊ですが、実質日本軍ではないか!憲法の「軍隊を保持しない」の文言に違反していませんか。現憲法擁護派の方々(熟知の方)教えてください。私が間違いであることを祈りたい。

②普天満飛行場移設費3兆円の分捕り合戦
この情報は、たしか3~4年前、米国から伝えられました。
新聞報道でご覧になった方も大勢おられると思います。
報道後、防衛庁当時は、3兆円の情報源を自ら認め、積算については外部の応援もいただいた。とのことでした。
<米国政府+ペンタゴン+米国コンサルタント><日本政府+防衛施設庁(現防衛省)+日本ゼネコン>で3兆円分捕り合戦を辺野古の地を埋め立てることで繰り広げる様相が色濃くなった。不況だから、沖縄経済に資するから、日本防衛を標榜しながら。米国が敷いた第1列島線(小笠原諸島~沖縄~尖閣~南シナ海バラワン等)を思い起こしてください、日本は守られていますか。

③防衛省の長年の思いを成就する時・今
1-米国は辺野古に基地建設を終戦前後から念頭に置いていた。
2-終戦後、米国は、沖縄県内に嘉手納飛行場をはじめ多くの基地を米国予算で建造してきたが、1996年普天間基地返還協定締結に至り、ようやく永年の願望の実現が、しかも日本国の予算(私たちの税金)で実現できる段階にきている。防衛省は米国防戦略に沿った<地方防衛拠点>を沖縄に置くことを制服組台頭(防衛省実現の2009年)とともに大きく動いている。元防衛次官?守屋の残党の動きも大きい?

<日本國予算の意味ーよだれが出るほどおいしい?沖縄が被るあらゆる犠牲などどこ吹く風?>

 米国防衛戦略の変遷と日本防衛省の思惑の一致?は次回にゆずります。鳩山首相来県で失望もしました。しかし、今守るべきものは何かを多くの県民にはっきりと示してくれたことでもありましょう。私は図書館へ行き、関連する記事を入手し、思うまま記していきたい。県民の一人として、そしてこれほどまでに沖縄県民がoutrageされている理由を、ヤマトゥンチュの本心(闇)に聞きたい、知りたいと思う。  

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2010年05月23日

普天間基地返還と辺野古

防衛省の遠望は沖縄本島の浮沈空母化か!

普天間基地の移設先に辺野古が最有力であろうと前横浜市長は、北海道か、本州か、沖縄でしょう地政学的にみれば。とおっしゃる。そうだろうか。沈黙している他の都道府県民の皆さんには普天間基地の基地被害の除去・辺野古の環境保持保全が主目的であることに思いを馳せていただきたいと願う。その上で日本の安全保障を公平に考えていきませんか。
①朝鮮戦争時は岩国から出撃していた。
②最近の尖閣諸島周辺における中国の日本船追尾をことさらに大きく取り上げ、最短距離にある沖縄が地政学上最適である。
①は岩国が移転先の第一候補ではないか。理由は、在沖縄米海兵隊はグアムへの本体移転等は決定事項である。1兆円近い私たちの税金を投入予定であり基地の建設等はスタート、住民ヒヤリングも2010年1月現在で終了している。1~2千名の一部残留部隊の居留は岩国等で可能(近隣の自衛隊基地や米軍基地への分散含む)と思われる。
②については、米海兵隊が第1列島線を守っていると言えないことの証左として次のことが概観できる。第1列島線はフィリピンまで延びていることが報道されている。しかし、フィリピンのスービック基地閉鎖後の中国の動向に対して米国は{NOタッチ}であり、尖閣諸島周辺の中国の日本船追尾の最近の報道を見る限り、同しかりであるのが現状である。
沖縄本島に米海兵隊が駐留している間の起こっていることに留意すべきであろう。
 
 これらの報道をとおして民の意を誘導し、周辺事態に対処、日本防衛に資している米海兵隊は必要不可欠であるとする真意はなにか。{5月23日・新報道2001}放送を見て、ただ座していることが出来ずブログを再開しました。これまでの報道のソースはどこかやこれまでの論調と沖縄本島に新たな基地を切望する要因と帰結は?等思うことを次に書きたいと思います。  

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2008年03月09日

後援会事務所のお披露目

 仲村ちえこ後援会事務所のお披露目をいたします。日時:3月14日(金)午後6時 場所:那覇市曙3丁目6-24(Hサンマリンナハ横・仲村ちえこの幟あり)ご案内申し上げます。
 沖縄の農業、経済に活性化、雇用拡大、所得増、子育て・人材育成、安保改訂・暴行事件関連国内法の改正に向け、時にはコーディネーターとして、また、渦の中の一人として一生懸命頑張ります。当日は、テーマごとに細かくお話をさせていただきますのでよろしくお願いいたします。  

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2008年03月02日

不起訴

 3月に入り、特に今日は太陽がさんさんと降り注ぎ、春近しの感がありました。沖縄は亜熱帯でよかったとつくづく思います。寒さに弱い私としては!それにしてもここのところの天候はおかしいと思いません。きっと「ワカリビーサ」がもう一度ぐらいあるのではないか、すごい寒さが・・と思ったりします。

 今日、友人を誘って事務所開きに出席しました。会場で2人のすてきな方にお会いしました。
お一人はAさん。Aさん曰く・・某プロバイダーを通して政府批判をしていたら、突然ホームページ(?)を切られ、プロバイダーに連絡をしてもなしのつぶてであったとのことでした。これって「あり」なのでしょうか。言論の自由は表向き保障するけれども、批判はだめよ。といわれていません?マイケル・ムーア氏の映画「しっこ」は明らかに誰かさんのパロディーですよね。でも笑い転げて派・少し考える派・ひどく怒って派・のパターンがあると思いませんか。大人げないですますことではないですが、「統制」は静かにしかし確実に進(潜)行している様子は新聞紙上でも感じます。

 もうお一人は週刊誌をご紹介くださいました。沖縄の経済活性化につながることが書かれているとのことで、早速求めてきました。政策の一つにすればよいとのアドバイスもいただく。まだひらいていません。明日以降になりますがおいおいご紹介していきます。

ついでに月刊誌を2冊とハードカバーを2冊買う。しめて5927円でした。積ん読になりませんように!  続きを読む

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2008年02月24日

わじわじーすること

 2月は米兵による事件月間ですね。

次々に起こる事件に口あんぐりです。欧米社会と日本社会の違い、法体系とその執行の違い、白人・黒人・黄色人の出自の違いと様々な違いはあるけれども、沖縄のそれが突出しているのには、理由があるはです。思いつくままに問いを書く。沖縄の全軍が撤退すればどのような回答になるかは自ずと出てくるはずです。

①復帰後35年経た現在でも主要な米軍施設はほとんどそのまま存在する。なぜ?
②復帰によって具体的に変わったのは道路交通法の適用による車線変更のみ?であろう。
③基地内では防衛予算でもって古い施設を建て替え、現在ほぼほとんどの基地内には立派な施設ができあがっている。
④「思いやり予算」によって基地内店舗で働く従業員や基地の施設で働く従業員の給料も支払っている。高速道路もタダ・ユティリティー代もタダである。実に居心地がイイ、米軍人にとっては!。
⑤<外交>日本政府は米軍の要求はすべて飲んでいるように見受けられる、が、こと沖縄に関しては、我関せずの対応しかしてこなかったのではないかと思う。加えて、
⑥防衛省沖縄事務所・沖縄大使在館は県民の動向の監視乃至は情報収集機関としての機能と役割を担っているのではないかとも思える。

答えは一緒にかんがえませんか。  

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2008年02月19日

海兵隊

 2月10日の女子中学生暴行事件の悪夢さめやらぬ17日、18日に連続して飲酒運転と住居侵入事件が沖縄市と名護市辺野古で発生しました。

 日米友好をこれまで推進してきた皆さんにとっては大変な状況でしょう。知人の男性(日米友好関係者)もそうでした。友好を結ぶことはよいことだと思います。ただ、友好関係を重視するあまり被害者の女子中学生に対する誹謗中傷が多いように聞こえました。
 女子中学生暴行事件について、「唇をあかくぬっていた」「オートバイにのるなんて」「深夜まで俳諧していた」とかどちらかというと女子中学生を非難する声が、現実に、ネットを中心に、時を経るにつれて増えてきたように思います。
 私の友人曰く、「泥棒がわるいのではなくて泥棒に入られた方がわるい」「交通事故に遭った人がわるい、くるまを運転していた加害者は悪くない」「大人の男の手練手管を女子中学生が見抜けなかったのがわるい」「鍵をかけていなかったら勝手に上がり込んでもいい」などなど皮肉っていましたが・・。
 
 人を見たら泥棒と思え、知らない人にはついて行ってはいけない。声をかけられても返事をしてはいけない。・・・本当に寂しい社会になりました。人を信じてはいけないと育てられた子供たちはかわいそうに思います。

 私は、乳幼児、就学児童、独居高齢者それぞれにやさしい社会を作っていく計画を持っています。政策の一つとして是非実現したいと思っています。乳幼児については、認可・無認可保育園に対する自治体の補助の格差の是正をすると同時に前述の施策を推進していく。・・・愛情をもって!
  

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2008年02月17日

一期一会

 息子が2.5ヶ月の療養後職場復帰をした。両足の踵骨折であった。本人が一番つらかったと思うがやっと職場復帰ができ、心底よかったとおもう。「迷惑をかけました」「迷惑をかけられました」「学習能力はあるのでしょうね」「もちろん」等々話す。

 「M公園で桜まつりがあるそうですよ」と事務所のM女史から電話があった。午後車で出かけるも駐車場は満杯。引き返し、タクシーでむかった。おずおずと名刺をくばる。女性が一人話をしながら一緒に回ってくれました。名刺を受け取ったお一人K氏は自己紹介をし、知人の現職市議会議員N氏をご紹介いただく。さらに旧知の仲であると会場におられた有名な元ボクサーUさんをご紹介いただいた。Uさんは名刺を受け取ってくださったお一人で、帽子の位置を直し顔が見えるようにしたほうがいいよとアドバイスをくださった方でした。

 一期一会とK氏はおっしゃる。さらに、来月、基地内で開催されるパーティーにもご招待をいただいた。K氏の持ち枠に入れていただけるとのことです。もちろん会費は自前です。いろいろと大きな収穫でした。感謝。

 K氏、少女暴行事件には顔をしかめ、赤い唇で男の誘いに乗ったことを批判しておられた。
しかし、もちろん欧米では、男性も女性も、交際にすごく慎重で、我が身を律している。ABに本当に時間をかけ相手を慎重にはかる。いきなりCはありえない。軽蔑されるこというまでもないしレイプともとられることはご存じと思う。
 日本ではどうでしょう。今回の事件は簡単に悪者を見つけて原因をおしつけることですむことではないとおもいます。社会・大人・基地・家庭・学校を含め「男女交際のルール・・」をいかに作っていくか、ルールを社会化し定着させる作業が私たち大人に課せられた課題のような気がいたします。
  

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2008年02月14日

母の願い新聞の発行

 ごぶさたしています。
2月10日の少女暴行事件はまたしてものおもいです。

悔しいことに、被害者本人には罪のないことなのに「深夜まで遊ぶのがわるい」とか「自分の身は自分でまもるもの」とか、大人からの批判が聞こえてきます。しかし、その原因、遠因をつくっているのは、加害者・大人であり、日米地位協定による日本政府と米国政府による日米地位協定を媒体とした両国による実質的な沖縄支配がもたらした事件であると私は思います。

両政府の対応ぶりをみれば、一目瞭然、沖縄支配を認識しているのではないでしょうか。

さて、理想は「24時間危険を感じることなく生活できること」ではないでしょうか。両性の尊厳を損なうことなく共生できる社会をつくるには、やはり、日米地位協定の改定以外ありえないと思います。

両政府が合意すれば即可能でしょう?いい加減沖縄を解放してほしい!心底そう思います。

「母の願い新聞」を「米軍犯罪から子供を守る母の会」代表仲村ちえこで発行します。日米地位協定改定をめざして!併せて署名活動も開始します。

ご賛同ください。共に立ち上がりましょう!  

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2008年02月12日

暴行事件

 またまた起きました。
 軽々しい書き方ですが、1995年の事件と比べて、政府の反応の速さにはおどろかされました。いままさに、沖縄ではSACO合意による基地の移転等議論が進む中での事件発生故でしょう。O新聞が書いているように「一人の人間すら守れない日米地位協定」てなに?です。1995年以降起きた米兵による事件は地元2紙に詳しいですが、明日にゆずります。

明日には「子供を事件から守る母の会」(仮称)を立ち上げるよていです。ゆるせません。

事件のあらましは、・・事件は10日午後10時半ごろに起きた。女子中学生(14)を乗用車内で暴行したとして、在沖米海兵隊キャンプ・コートニー所属の二等軍曹タイロン・ハドナット容疑者(38)が強姦の容疑で逮捕された。・・・新聞より転載。

NHK、朝ズバッ、8chの全国ネットで流れていたので詳細はご存知だと思います。明朝もさらに詳細が報道されるとおもいますが、分別あるであろう30歳代後半の男性ですよ、訓練された男に絡め撮られれば大人の女性でも抵抗不可であろうと私は思います。ゆるせません。  

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2008年02月09日

朝のご挨拶を初めて1週間が経過した。
この1週間で、駐車の注意をしてくださった方。路上のごみをホーキとちりとりで片付けている人、挨拶して通り過ぎる女子高生、挨拶をにこっと返しながら通る人、食べるものも無いんだよ本当に、”がんばれ!”と自転車に乗って去ったホームレスと思われる人、犬の散歩のご婦人は2-3日見かけないけど風邪かしら・・と思ったりする、・・と多彩な方々とお会いすることができました。
 来週からは朝7時半から30分に短縮しようとおもいます。政策の完成後にあらためてスピーチをくわえることとして今はなしとさせていただきたいと思います。
 どうぞ通りがけにみかけましたらお声かけください。来週からの時間帯は7時半~8時ごろまでと思っております。

 議会は行政のチェック権能を有するところであり、政治家は、自らの政策を行政とタイアップしてその実現に向けて働くことであるとおもっています。したがって、政策は練りこむ必要がありますし、また、現実と乖離したものであってはならないとかんがえます。現実に即したマニフェストでもって早くご挨拶できるようにしたいと思っています。  

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2008年02月07日

忙しい1日

 早朝のご挨拶です。30分のみで離れる。スピーチはパスしました。早く「立て板に水」のごとき喋りができるようにすることが私自身の課題です。政治家は「しゃべりが仕事」のようですが、私は何事も誠実・誠意で行くことにしています。誇大な物言いや少々うその混じった言動で人心の関心を買うことをよしとしません。これで選挙が勝てるの?といわれそうですが頑張ります。
 
 さて、9時からFM21のパーソナリティーのため、いつものとおり1時間前に出て予定通りの時間に到着しました。今年は外国の都市をホッピングすることにしています。1月はニューヨーク州とジャズをお送りいたしました。
今月2月はハワイ州です。今日はオアフ島・ホノルル空港を起点に右側ワイキキと左側パールハーバーを中心に、そして左20度のノースショアまで足を延ばし、加えて「DVD・ロスト」の撮影現場までくわえてしまいました。
 おしゃべりの展開は、例えば、ワイキキからホノルル空港を離発着する旅客機は見えるのに騒音は少ない(パールハーバー地域で)ことvs辺野古での沖合い展開から沿岸を埋め立てすることの経緯は知りませんが、少なくとも沖合い展開なら騒音・環境ともに影響はすくないのではと両方を引き合いに出す。パールハーバーと第2次大戦・平和の礎とパンチボール・・ともに戦死者の刻銘があります。ノースショアは波乗りのメッカでサーファーにとっては垂涎の的であろう。などなどでした。
 もちろん放送開始15分まではガソリン税廃止の話をしました。政・官・財の癒着構造・利権体質の解体はガソリン税廃止によりより進展するであろうと思うこと、そして国の税体系を根本から見直し、公正・公平な税制度ならば税率は考える余地ありではないかと思うことなどをしゃべりました。

FM21のあとベトナム支援の商談を済ませ、ゴルフの手袋(両手)を買い、息子とお昼(おごってもらいました。)の後、新と旧事務所へ立ち寄り夫々で支援者の方と意見交換後、帰宅。
  

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2008年02月06日

注意すること

 今朝、朝のご挨拶中に注意をうけました。
 現在は運転手がいないので自分で運転をして朝のご挨拶にいっています。駐車場が近くにないので、自家用車は歩道上に駐車していました、点字ブロック上に。
 「この時間帯でも通る人がいるんだよ。早く移動しなさい!」と40代の男性が近づいて注意をしてくださった。ご挨拶を一時中断して車を移動し、8時半で終了しました。ご注意有難うございました。
 近くの花屋さん前の駐車場使用のお願いにいくことにします。金曜日までに!

昨日のs新聞夕刊に「・・・漢方クリニック」院長が「体の冷え」について書いておられた。背筋にゾクゾク感があるので漢方薬でも入手したいと思い訪ねました。「漢方薬店」だと単純に思っていて、訪ねてはじめて医院であることに気づき、自分のおろかさ、思い込みに思わず苦笑。でも漢方薬はしっかり入手しました。
 
 午後、やっと後援会事務所が見つかりました。本契約後公表していきます。
   

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2008年02月05日

フエァー トレード

 5日のひるどき 
 ベトナム少数民族の支援を団体でおこなっています。理事をつとめさせていただいています。トレード用商品が届いたとの連絡があり、牧志の市場内にあるベトナム料理店「DAO」にあづかっていただいていたこともあり、受け取りがてら「本日のお昼」580円をいただく。チャーハン、フォー、生春巻き1個、コーヒー、デザートでこのお値段はお徳では。おいしかったです。

 ついでに友人の歓迎パーティーをDAOで開催することに決めてきました。マルタ共和国から友人が來沖予定です。「ベトナム風なべ」にすることを店長と相談し決めてしまいました。やさしい店長がきっと素敵な演出を考えてくださると思います。感謝。

 後援会事務所へは2時ごろ到着。事務局長ほか2名。手仕事とタイプ仕事と皆いそがしそー。・・・みんなでがんばろうー  

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2008年02月05日

3日のこと

 2つ先輩が主催するゴルフコンペが北部で開催された。
 「北部は晴れているみたいよー」と後援会長から朝電話があった。もちろん、私は出発の準備完了で、現地で落ち合うことにして出発した。後援会長はプレーに参加し、私は各先輩にご挨拶、皆さんを見送り、帰路につく。2月1日にお会いしたサポーターのお一人にお礼に伺う。松田まで来て先輩に電話、在宅でしたので尋ねる。30分ほどユンタクし辞す。金武で友人に会う。ここでも30分ほどで辞し、北部のホッピングを終了、沖縄北から高速道路を利用し帰宅した。

 午後6時、ビジネスで訪沖のニュージーランド人とビジネスマンご夫婦とお会いする。少しだけ英語が話せるとの理由で、ご夫婦が私を紹介してくださったのです。このように外国の方をご紹介していただき、いろいろな意味で「つなぎ」を作ってくださることに感謝です。今後の両国の貿易の推移が楽しみとなりました。
 ひょっとして、「ニュージーランドへ飛べるかも!」と密かに彼の地に思いを馳せながら会話を楽しむ。ゴルフのはなしになり、タイガーウッズ見たいに上手だー・・・などと冗談を連発する外国人特有のジョークでみんなを楽しませている。
 もう一杯ということになり、近くの「昔じゃんじゃん」へ行く。サキソフォン2人と即興舞踏人1人の3人組。翌朝の時間が早いこともあり3次会にお誘いをうけましたが、辞し、帰宅。

   

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2008年02月05日

2月2日のこと

 土曜日です。
 朝10時、仲村ちえこ後援会事務所で事務局次長と待ち合わせ。トレードマークのイラストにあーでもない、こーでもないと意見をいいあう。結局決まらずあらためて描きなおしていただくことになる。・・と思う。トレードマークが出来次第公表いたします。ご期待ください。昼あとは1日の会食のお礼状をしたためる時間にあて、夕方からは石川市へでかける。

 豪雨の表現がふさわしいほどの降りようでした。那覇から石川まで実に1時間半かかっていました。高速道路を利用したのですが、毎時60kmのスピードでも危ないと感じたほどの降りで、とうとう時間には少々でしたが、おくれた会場入りとなってしまいました。「うるま市議会副議長の議会報告及び新春の集い」は、同女史の力量でしょう、会場はあの豪雨にもかかわらず大盛況でした。さすがです。ご本人にご挨拶のあと会場のみなさまとの懇談を楽しむ。 
 
大勢さんのおかげで、おくれた私は目立つことなく・・でも会場にご参集の皆様には「那覇市在住のお知り合いをご紹介ください」と名刺はしっかりとお配りいたしました。うけとってくださった皆様有難うございました。感謝です。  

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2008年02月04日

ブログに掲載できないのはなぜ?

 ブログに掲載ができなくなりました。投稿記事がことごとく飛んでしまいます。投稿妨害は可能なのですか。
 この記事を書いている際のアドレスは http//admin.ti-da.net/admin/entry.php です。確認ボタンが今オン状態になりましたので掲載できるがためしてみます。2日3日の記事は飛んでしまいましたので、明日また追加いたします。  

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2008年02月01日

がんばります

 おはようございます。
1月末からご無沙汰していました。こころの準備と周辺の事情をかんがみてしばらくお休みいたしました。
あらためてよろしくご訪問のほどお願いいたします。

2月1日いよいよ選挙の準備にはいりました。安里交差点(陸橋下)で朝のご挨拶を始めました。午前7時半から8時半までの約1時間月曜日から金曜日までを予定しています。おみかけの際には合図をしていただけますととてもうれしいです。
弟10回沖縄県議会議員選挙は5月30日告示6月8日投票日です。私自身は沖縄県那覇市区から立候補を予定しています。ほとんど手作りの選挙ですのでサポーターのご支援をお願いしています。ご自身の余った時間をご提供いただけましたら幸甚です。

 後援会事務所は移転の予定でして本日はご案内できません。べつの機会にゆずります。私の選挙公約(マニフェスト)もおいおい公開していきます。ご意見もお寄せいただけましたらありがたいです。ご意見等の送付先も追ってご案内いたします。
とりあえず本日はご挨拶ということで!  

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2008年01月23日

ガソリン税

 「道路について徹底的に議論せよ(山崎養世の「東奔西走」)1月22日」を読みました。 ガソリン税を引き下げるのか現状を維持するのかという道路財源の暫定税率の問題をとりあげています。今国会こそ道路について徹底的に議論せよ。戦後復興期の財政のあり方から今こそ脱却を。ガソリン税廃止か否か・・。と。
・1952年(昭和27年)に定められた道路建設財源は、ガソリンに掛けていた税金の収入をすべて道路整備(特定)に使う目的税として臨時に措置された。(当時の道路財源は200億円)
・1956年(昭和31年)米国の支援を得て世界銀行から三分の一の建設費を借り入れ名神・東名高速建設がスタートした。1969年にできた東名高速道路は工期6年で完成・総工費3425億円でした。(早く安く完成)したのは、予算が足りず世界銀行の監視があった時・・。とあります。
 この年道路公団ができた。
・1968年(昭和43年)ドイツを抜いて日本は世界第2位経済大国となる。
・1972年(昭和47年)あれほど足りなかった道路財源も2兆円、20年で100倍(1952年の)
 沖縄の日本復帰の年(1972年5月15日)です。
「豊かになったのですから「臨時措置」や「特別措置」をやめて原則にもどったでしょうか。つまり、おおくの欧米諸国のようにガソリン税の収入を年金や環境など道路以外に使うことや、高速道路や有料道路を借金で作るのをやめて無料にしたでしょうか。それどころか、臨時措置の上の「暫定税率」を引き上げ、そのすべてを道路の建設にまわすことが始まり、この暫定措置が30年も続いてきていて今国会の焦点になっています。」と続く。   続きを読む

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2008年01月20日

人権と差別

 「新・あつい壁」中山節夫監督を観てきました。らい予防法廃止10周年記念・ハンセン病国賠訴訟勝利5周年記念映画です。
 監督中山節夫は、・・・劇映画「新・あつい壁」は、ハンセン秒患者であることを理由に法の前の平等を踏みにじられた50年以上も前の事件を通して、それを許した当時の社会の意識が今日どのように変わったのか、そして何が変わらないのかをえがきました。と書いています。

 私は、映画を見終わったとき、映画の男・勇吉を沖縄の状況にダブらせていました。
無実の罪を着せられ<①沖縄に土足であがり>、証拠調べもなく<②ふみにじられ>、監視は底意地のわるさを覆い、やさしく接し<③出先機関は監視を怠りなく・札束でほほをなで>、他刑務所へ移動(実は死刑場へ)する<④沖縄なんて札束で何とでもなると嘯き沖縄の環境を限りなく破壊、ゆえに観光客は激減、経済は破綻、そこに住む者は限りなく貧しく、いよいよ政府に尻尾をふる・・・政府防衛省の沖縄壊滅のシナリオ>と見えた(写った)のです。

 特に、米軍と自衛隊(日本軍のイメージになってしまいます。)が行う飛行訓練で基地周辺住民は著しい騒音被害を戦後62年、復帰後35年間うけつづけている状況を人権侵害あるいは人権無視といわずしてなんという。  

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2008年01月19日

新年会

 まだ続いています新年会。K町N区新年会に出席しました。
区長挨拶の中に「豚の丸焼き」がオードブルででますとのこと。数年前から新年会では「豚の丸焼き」を「握りすし他オードブル」とともに共してきたとのことです。準備(焼き豚ができあがるまでに数時間)に数時間かけ、区民と語り合う時間を大切(演出・腐心)にする姿勢に心のなかで拍手。ご挨拶では、さらに、企業が少なく地域では就職難であること、地域活性化につながる企業の誘致等模索中、区青年会のこと等いろいろ新年の抱負を語られた。青年会長からも新年の抱負を語るご挨拶がありました。
 会場の雰囲気がまたいいですねー。老若男女80歳代から20歳代まで約90名ほど集っていました。立食形式なのでテーブル間を移動しながら新年の挨拶を交わしています。
 いよいよ「焼き豚」にあえる。
私はハワイ留学の経験がありまして、ハワイでは、ハワイ式晩餐会=「ルアウ」では焼き豚をタロイモの葉(?)で包んだ「焼き豚」が共されます。久しぶりにその味に出会えると思うと思わずほほが緩みました。こんがりと焼けた「焼き豚」を切り分けてもらい、ソースをかけて・・・やわらかく・ジューシーで期待通りおいしい。おかわりをしてしまいました。メタボのことは明日から考えよう・・・と。
 会場の生花の中に珍しい花「ピンク フラワー」という名の花をみつけました。まだ試験栽培中とのことです。・・語彙が豊富ではないのでいつの日か映像でカバーしたい・・・と思っています。  

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